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宇都宮地方裁判所 昭和57年(行ウ)9号 判決 1984年11月15日

原告 鈴木政浩

被告 栃木県中央児童相談所長

主文

一  原告の本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

1  (一次的請求)

被告が原告に対してした面接指導の処分が無効であることを確認する。

2  (二次的請求)

被告が原告に対してした面接指導の処分はこれを取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文第一、第二項同旨。

第二請求原因

一  当事者関係

原告(昭和三八年一月六日生)は、昭和五〇年四月宇都宮市立姿川中学校に入学し、以後三年間同校に在学していたものであり、被告は児童福祉法(以下法という。)一五条に基づき設置された栃木県中央児童相談所の所長として、同法一六条所定の所務を掌握し、また、同法二六条所定の措置権限等を有するものである。

二  本件行政処分

1  本件処分の経緯

原告が前記宇都宮市立姿川中学校に在学中であつた昭和五一年二月二七日及び同年四月二六日に同校々舎で放火事件が発生したところ、宇都宮中央警察署長が原告にその嫌疑をかけ、同年八月二一日原告を右放火事件の犯人(触法少年)であるとして、法二五条の規定に基づき、宇都宮中央児童相談所(以下児童相談所という。)に通告した。しかして、原告とその母ハマ子は、その後同署署員から同月三〇日午後二時に児童相談所へ出頭するように指示されたが、児童相談所からは何らの呼出しの通知もなされなかつた。一方同署からの前記通告を受理した児童相談所は、同年八月三〇日、同相談所に出頭した原告母子を同相談所所属の小野寺嘉子児童福祉司に面接させ、原告母子から事情聴取をさせたが、母ハマ子は同福祉司から「放火をやつたのですか。」と聞かれたので「うちの子はやつていない。時間がくい違つているから。」と答え、そのあとは格別それ以上細かい点、例えば、原告の今後の監督など指導的なことを受けずに簡単に終わり、助言や指導といわれるようなものは一切されなかつた。また、原告自身は、別室で知能テストなど心理判定を受けただけでそれ以上は何らの措置もなされなかつた。そして、以後相談所と姿川中学校とが連絡協議して処遇して行くべきこととし、右処分に引き続き、原告は学校の指示で同年九月(二学期)から翌昭和五二年三月までの間校庭の草むしり等をさせられ、また、小野寺が昭和五一年一二月二三日姿川中学校を訪問し、原告の担当教諭と面会し、原告に関する助言指導をし、昭和五二年二月一〇日同中学校へ電話をして、原告の生活状態等を照会した。そして被告は、同日をもつて本件はすべて終結したものとした。以上により、被告は、原告に対し、法二六条一項二号に基づく面接指導処分を行つた。

2  本件面接指導の行政処分性

(一) 本件面接指導処分は、行政事件訴訟法三条に規定する行政訴訟の対象となる行政処分である。

児童相談所は、警察官から法二五条に基づいて一四歳に満たないで刑罰に触れる行為をした児童として通告を受けた場合、調査診断判定をし(判定会議、措置会議等)、該通告にかかる警察官の認定による嫌疑をそのまま引き継ぎ、これを前提としてその非行事実の程度、要保護性、要教護性を認定し、施設または里親等に入所させ、委託させる措置(法二六条一項一号、二七条一項三号)、家庭裁判所への送致(法二六条一項一号、二七条一項四号、二七条の二)、在宅のままの措置等(法二六条一項二号、二七条一項一号・二号)の処分がなされるが、本件面接指導は、法二六条一項二号に基づいてなされた在宅のままの措置等の処分行為で、これは、面接指導自体をもつて処分を終了させるもの、すなわち、在宅のままの措置という処分として決定されるものである。この関係は、あたかも少年法において、家庭裁判所が(一四歳以上の)犯罪少年に対し、非行事実を認定し、非行事実の程度、要保護性を判断した上で、不開始、不処分決定や保護処分決定をするのと対応している。しかして、これ以上の処分を行わず、これをもつて終了するという趣旨の処分決定がされた場合、この種の処分に対し、不服申立の途が開かれているか否かにつき、例えば犯罪少年の審判不開始、不処分決定の場合についていえば、一四歳以上の非行少年に対し、非行事実を前提として言い渡した決定が、いわゆる不処分決定あるいは不開始決定である場合に、非行事実の存在を前提にして決定を言い渡している以上、右事実認定を、公権的に是正しうる途を閉ざしてしまうことは、少年の人権保障の見地からみて適当でなく、少年法二七条の二第一項の類推解釈により、少年の名誉回復のため、必要がある場合、これを(不処分、不開始決定)取り消すことができ、不開始、不処分という決定も処分行為であり、これに対する不服申立ができると解されている。そして、少年法の不処分や審判不開始の処分と同じように、警察官の通告による触法少年に対し面接指導をもつて終了する旨の最終処分がなされた場合でも、他の措置同様行政機関の意思の発動として児童に一定の法律関係の影響を与える点に徴し、これをもつて行政処分であるといわなければならない。すなわち、本件において、少年法に規定する不処分、不開始処分の決定を受けた場合と同様、原告は本件面接指導により、放火行為をなした者という判断を受ける不利益の受認を強制される結果となり、かつ、それ以上の他の措置を要しない処分として、つまり刑罰に触れる行為をした児童につき行為の程度が軽いとみられるところから、他の措置をしないで右の受忍の強制という効力を生ずる最終的処分として面接指導なる処分を受けたものであり、これは行政庁たる被告がその優越的な地位に基づき公権力の発動としてした行為で、原告の法律上保護された権利ないし法的保護に値する利益を侵害するものであつて、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当するというべきである。もしこのように解し得ないとするならば、警察官からの通告による触法少年に対し、何らの判断処分もされずに終了することになり、これは法が通告に対し法二六条・二七条などで、児童相談所に何らかの対応義務があることを規定して児童の福祉を図つていることと全く矛盾する結果となり、到底容認することができず、また、一四歳以上の犯罪少年の場合、いずれの保護処分についても、争いの途が開かれており(少年法三二条、二七条の二第一項)、一四歳以下の触法少年についても、本来いずれの保護処分措置についても争いの途が認められなければならないのに、ひとり面接指導の場合についてのみ争いの途がないとすれば、余りにも両法の間には差が生じ、触法児童について大きな不利益を与えるものとなる点に照らしても、面接指導が行政庁の処分によつて私人がその効果を否定できないような法的効力をもつものとして、これについて不服の対象となる行政処分と解さなければならない。

(二) 本件面接指導は、以下の理由からしても、行政事件訴訟法三条に規定する行政庁の公権力の行使に当たる行為というべきである。すなわち、本件面接指導は、原告に対して、放火行為をした少年であるとの認定を受忍強要する公権力の行使である。児童相談所が触法少年に対し、面接指導だけで終了するという処分をした場合、これは児童相談所が警察官からの通告にかかる認定と嫌疑を追認するもので、児童は責任無能力者といえども刑罰に触れる行為をした者として通告され、かつ、それを前提にした調査の上で処分に付されるもので、これは法一五条の二の面接指導とは違い、あくまでも右面接指導を受けた児童にとつては、刑罰に触れる行為をしたものとの認定判断を受認強要されるものであることは前述したとおりであるところ、本件において、原告母子は、被告の面接指導の機会に、放火行為の存否について問われ、これを肯定しなかつたにもかかわらず、放火行為をなした少年であるとの認定を強要された上で面接指導処分を受けたのであるから、叙上に徴して、右処分は公権力の行使に当る行為というべきである。

三  訴の利益(本件処分により被る原告の損害)

原告は、本件面接指導処分により、つぎのような権利ないし法的保護に値する利益を侵害されることになるので、被告のした右処分につき、その違法を理由として処分の無効確認又はその取消を求める訴えの利益がある。

1  原告は、後記第二の四の1で述べるように、本件放火行為をしたことがなく、また、原告母子は、面接指導の際にも放火行為につき肯定しなかつたものであるところ、本件面接指導処分がなされ、これが存在すること自体により警察官の通告事実を追認した状態が維持され、これにより、原告は原告が非行事実をしたとの嫌疑を受けたままの不利益の受忍を強制される結果となり、原告の名誉等人格的利益が侵害されている。

2  また、原告母子は、前記のように、面接指導の際放火行為の有無について問われ、それについて肯定しなかつたのであるが、一四歳未満の少年が児童相談所で、警察官からの通告の内容(触法行為)を肯定しなかつた場合、児童相談所長は、県知事に報告し(法二六条一項一号)、県知事をして家庭裁判所へ送致させなければならない(法二七条一項四号)。なぜならば、児童相談所は、司法的権限つまり触法行為の存否や態様についての判断権限を有せず、専ら要保護性や要教護性を認定する権限を有する福祉機関にすぎず、実務上面接にあたり触法行為の存否の確認を行う場合があつても、それは右要保護性や要教護性の有無を調査する目的で行われるにすぎない。したがつて、非行事実の存否に争いがある場合は、司法機能を有する家庭裁判所に送致しなければならない。かように、児童相談所は事実認定の権限がないから、触法行為の存否や態様について争いが生じた場合、司法的権限を有する家庭裁判所に送致すると解さなければ、触法少年の冤罪事件を救済する途を全く閉ざす結果を是認することになる。それゆえ、本件にあつては、被告は原告を家庭裁判所へ送致すべきであつたにかかわらず、原告に対し、面接指導をもつて最終処分とし、かつ、その旨の通知もせずに放置し、原告に対する放火行為をした触法少年であるとの警察官の認定による嫌疑を追認した。かくては、一四歳以上の犯罪少年は、少年法二七条の二第一項の類推解釈(少年法自身も、非行事実なき場合の規定は不備だつたのである。)などによつて、非行事実なき場合について救済されるにもかかわらず、一四歳未満の少年は、非行事実なき冤罪の場合全く救済されなくなるのであつて、被告は家庭裁判所への送致手続を措ることなく本件面接指導処分をしたことにより、原告がこれを争う手段を奪つたもので、これは憲法三一条の適正手続の保障や少年の人権保障、同法三二条の裁判を受ける権利の保障に反するものであり、これにより、原告は右認定による嫌疑を受けたままの不利益の受忍を強制される結果となり、もつて、非行事実の不存在を主張して争う機会を奪われ、これを争う権利を侵害されたものである。

3  以上1及び2で述べたところから、そのいずれにしても、原告の法律上保護された権利ないし法的保護に値する利益を侵害されている。それゆえ、原告は、本件面接指導処分の無効確認又は取消を求めることにより、右処分がなかつた状態に回復させる利益がある。

四  本件面接指導処分の違法性

1  本件処分は原告が前記放火行為をしたことを前提としているものであるところ、原告はそのようなことをしたことがないので本件処分はその前提を欠いてなされたものであり、明白かつ重大な瑕疵があつて無効である。そもそも原告は、原告が前記放火をしたのではないから、児童相談所で特に相談を受けなければならないような状態には全くなかつたのである。

2  また、本件面接指導処分には、つぎのごとき手続上明白かつ重大な瑕疵があり、違法である。すなわち、行政処分手続が適正であるというためには、処分を受ける者に処分の内容を知らされ、かつ、その事実と内容について十分主張反論する機会が与えられていなければならず、法二六条一項二号、同法施行規則(以下規則という。)二一条は、指導措置について、児童相談所長のなすべき通知の手続を定めており、また、規則によれば、面接指導以外の他の措置についても通知などの諸手続をすることを定めており(規則二〇条ないし三五条)、法二六条以下においては、強制手続をする場合を除いて、原則として児童、保護者の同意を要するとの手続が規定されている。これらの手続規定をもつて、児童の福祉をはかつていることの趣旨に照らし合せてみても、前述のごとき処分内容の通知等の手続が履践されなければならない。しかるに、本件においては、前記第二の二の1で述べたように、被告は原告に、何らの通知もせず、かつ、これについて十分主張反論する機会も与えないまま面接指導をもつて終了するという処分をした。かくては、一四歳以上の少年について司法的手続による十分な主張と反論の機会が与えられているのに比し、一四歳未満の触法少年については、その機会も与えられないまま右のように刑罰に触れる行為をした者との評価を受け続けることになり、しかも、右両者の較差を許容する何らの合理的理由はない。叙上によれば、本件面接指導処分には明白かつ重大な瑕疵がある。

3  また、本件面接指導処分には、つぎのごとき手続上明白かつ重大な瑕疵があり違法である。すなわち、本件のように、刑罰に触れる行為をしたか否かについて争いが生じた場合には、児童相談所が家庭裁判所へ送致して、その司法審査を受ける機会を与えるべきであるにかかわらず、被告が単に面接指導処分で終了させたことは違法である。すなわち、児童相談所が触法少年の非行事実の存否について疑問を持ち、あるいは少年や保護者がこれを争う場合、法二六条一項一号により県知事に報告し、県知事をして法二七条一項四号に基づき家庭裁判所へ送救させなければならない。児童相談所には非行事実の存否について調査判定の権限がないので、右の場合には司法機能を有している家庭裁判所で判断するのが相当だからである。法二七条一項四号は本件のように非行事実が争われ、あるいは疑われる場合にも適用されるべきであるところ、被告は、原告母子が非行事実を争つているのに、面接指導をもつて最終処分とし、もつて原告が家庭裁判所で争う権利を侵害した。この点においても本件面接指導には明白かつ重大な瑕疵がある。

五  結論

よつて、原告は、被告に対し、一次的に本件面接指導処分が無効であることの確認を求め、それが理由ないとしても、二次的に右処分の取消を求める。

第三請求原因に対する認否及び被告の主張

一  請求原因一の事実は認める。

二1  請求原因二の1の事実中、原告が昭和五一年姿川中学校に在学中、原告主張の年月日に同校で放火事件が発生し、宇都宮中央警察署長が原告にその嫌疑をかけ、昭和五一年八月二一日原告を右放火事件の犯人(触法少年)であるとして、児童相談所に通告して受理されたこと、小野寺児童福祉司が同月三〇日同相談所に出頭した原告とその母ハマ子と面接し、原告母子から事情聴取したこと、同年一二月二三日小野寺が姿川中学校を訪問し、原告の担任教諭と面会して原告に関する助言指導をしたこと、昭和五二年二月一〇日小野寺が右教諭に架電し、原告の生活状態を照会したこと、かようにして、同日をもつて、叙上のごとき面接指導が終了したこと、以上の事実はいずれも認めるが、その余の事実は争う。原告主張の面接指導は法一五条の二に基づくものであつて、原告主張のように児童相談所の長たる被告がなすべき法二六条に基づくものではない。

本件面接指導の経過はつぎのとおりである。すなわち、児童相談所は、昭和五一年八月二一日付をもつて、宇都宮中央警察署から原告に関する通告書が送付されて同日これを受理した。右通告書記載の通告理由及び処遇意見としては、「児童は、(1)昭和五一年二月二七日午前七時ころ宇都宮市西川田町一〇三八姿川中学校旧校舎東昇降口外側羽目板を燃し、(2)昭和五一年四月二六日午前五時五〇分ころ姿川中敷地内の宿直室に続いた物置小屋を半燃させたものである。動機は、特になく好奇心からと思料される。児童は、小学校中学年から現在まで特殊学級に入級している。言語障害のため進んで自己の意志を表現すること少なく友だちと接する機会があまりない。学校でも家庭でも一人で行動している。実父母妹との四人家族で両親共働きのため放任がちである。児童への指導と保護者への助言が望まれる。」というのである。右通告を受理した後、担当課長、所長補佐、所長の供覧決裁に付し、地域担当者が担当するとの定めに従い同年八月二三日同地区担当者である小野寺児童福祉司がケースを、舘江狭子心理判定技師が心理判定をそれぞれ担当することとし、小野寺が原告の母親に来所されたい旨を電話連絡したところ、同月三〇日が都合がよいとの回答を得たので、同日一時三〇分に原告母子に来所するように告げ、母親もこれを了解した。そして、右八月三〇日原告母子が来所し、小野寺が母親と面接して原告の生活歴、家庭、学校、友人関係、遊びの状況、保護者の養育方針等について事情聴取し、舘江が原告と面接して心理検査を行つた。原告母子との面接は、原告が安定した生活ができるよう保護者と今後の家庭養育の改善と原告の福祉をはかることを目的とするものであるが、右面接において、原告の健全な育成を図るため、保護者と原告との相互理解に努力するよう話し合つた結果、母親は昼間十分目をかけてやることができなかつたことを反省しており、対話のなかから母親も原告の気持を理解しようと努め、家族ぐるみで家庭生活を楽しくしていくことの意欲がみられた。なお、原告に対する心理検査及び面接の結果は、ボーダーライン級の知能で自分の感情表現をおさえてしまう内向的な性格のように見うけられた。そして、面接の結果を総合した上、家庭における親子関係の改善の見込があると判断されたので、原告母子との面接は一回のみとし、その後、小野寺福祉司が昭和五一年一二月二三日姿川中学校を訪問し、担任と面会して原告の気持を理解し、受入れるよう意見交換を行い、助言指導し、その後さらに同福祉司が昭和五二年二月一〇日電話で学校での生活状況を聴取したところ、原告が安定した学校生活を送つているとのことであつたので、被告にその経過を報告し、これをもつて本件はすべて終了したものである。以上の面接による助言は、法一五条の二第一項三号による児童相談所の業務であつて、何らの処分をも行つているものではない。したがつて、児童福祉司指導措置又は児童福祉施設入所措置の場合と異なり、本件面接結果については書面による通知もなされていないし、また、判定会議、措置会議も開かれていない。

2  請求原因二の2は争う。本件面接指導は、行政事件訴訟法三条に規定する行政訴訟の対象となる行政処分ではない。それゆえ、本件訴えは、この点において不適法であるから却下されるべきである。

行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為であるというがためには、当該処分により具体的な法的効果を伴なう優越的な国家意思が対外的に発動されていることが必要とされていることは明らかであるところ、本件面接指導は、法一五条の二第一項三号に基づく指導であつて、児童(原告)とその家族環境を調査し児童(原告)の健全な育成を図るために保護者と児童(原告)との相互理解に努力するよう指導したに過ぎず、もとより、収容施設入所等の措置をとつたものでもなく、何らの処分行為もなされておらず、法的効果を伴わないものであるから、行政訴訟の対象となる行政処分に当らないことは明白であるといわなければならない。

児童相談所の主要な業務は、一般家庭などから児童の養育についてあらゆる相談を受け、必要に応じて児童の家庭状況、生活歴、性行などを専門的な角度から調査・判定を行い、かつ、それに基づいて指導をすすめることである(法一五条の二)。その相談は、家族・本人・知人等直接又は法二五条に規定されている一般人の義務として口頭・電話・文書の形式をもつて通告あるいは福祉事務所及び家庭裁判所からの送致等の受付けによつて開始されるが、児童相談所であらゆる相談を受けるからといつて相談を選択したり、相談を強制することはできないし、また、相談は来談者との相互理解と信頼関係により成りたち、ソーシヤルケースワークによる対応であつて、あくまでその保護者等に相談という形で積極的に協力して児童の順調な発達に寄与することを目的としているのである。こうした相談の結果、当該ケースの処遇として法二六条に基づく児童福祉司、児童委員指導、当該福祉事務所送致、市町村長等措置権者への報告及び法二七条に基づく都道府県知事の措置がなされることになる。面接指導の過程は、相談調査判定あるいは必要によつて一時保護による観察を行い、その結果等を資料として処遇方針が決定されるが、その中で児童相談所長のなすべき法二六条、法二七条による措置を必要としないものを面接指導として最終処理を行つている。この処遇は、法一五条の二による児童相談所の業務として行う範囲のものであつて、「簡単な指示又は助言を与えることにより一回程度の面接で比較的単純に指導処理を行うことに決定したもの」と、「カウンセリング又は遊戯療法等で少なくとも二回以上にわたつて継続実施することに決定したもの」とがあるが、本件での面接指導は児童福祉司指導措置と異なり主として児童相談所において相互理解のもとに行われる助言指導であり、継続的な指導措置の伴わないものである。

面接指導の具体的処理手続について述べるならば、児童相談所は、家庭本人又はその他からの相談、通告、送致を受理したときは、受付面接又は通告、送致の内容等から児童相談所の業務として取り扱う必要を認めたものについてはケースの主訴概要から受理会議で担当者が決められる。この場合一般的にはケースワーカーは地区を担当する児童福祉司が自動的に担当し、必要に応じ心理判定の担当者が決定され、決定された担当者は、原則的に児童福祉司と心理判定員とがチームを組み、所定の「児童相談のお知らせ」と題する書面に必要事項を記載して保護者及び児童本人に来所を求めるが、電話で呼び出すこともあるし(本件は電話連絡)、又は訪問して相談に伴う調査を行う。そして、児童福祉司が主として保護者に面接し、主訴に基づく事項を重点に児童の生活状況・生活歴・社会環境等の調査を行い、判定員が心理学的諸検査(心理測定観察・面接等)を通じて児童のもつ人格全体の評価を行い、また、能力の程度、問題点の心理学的意味、心理的葛藤や適応機制の具体的内容等を探索するとともに指導方法を合わせて考慮するし、必要があれば嘱託医学的診断、更に一時保護による行動観察等の資料を加えて児童の処遇方針を策定する。ケースの処遇方針策定に当り、法二七条による指導又は施設入所等の措置の必要なケースは、措置会議に提出して討議を行い、措置の合議がなされたものは児童福祉司指導又は施設入所等の措置決定の手続きがとられる。児童相談所長は法三二条一項により法二七条による知事の措置権についての委任を受けているので、法二六条によらず、法二七条が優先し、同条により所長の決裁により措置決定となる。決定された措置は、規則二四条及び二五条に基づき保護者に措置決定した旨を通知する。本件については、面接指導したことについて、何らの通知もしておらず、通知の必要もなかつたものである。つぎに、学校との連携について述べるならば、相談の対象者が就学中の児童生徒であるとき、相談の主訴等から学校状況調査の必要なものについては、文書又は電話等で照会あるいは学校を訪問して調査を行うが、これらの調査は、児童の問題行動を知ることと、児童の学校生活適応状況を把握して児童の全体像を理解し、処遇方針を策定する資料を得るためのものである。児童の社会調査と心理判定の結果学校とのかかわりを必要とするケース及び処遇方針に学校との連携を必要とするケースについては、児童福祉司が中心となつて児童の担任又は生徒指導担当教諭等と意見交換が行われるが、児童の問題行動よりもその児童をどのように理解し、学校に受け入れるかが中心になり一般的には、児童の持つ心情を理解し、温かく受け入れることが重要であり、必要によつては個別的にかかわりを持ち、信頼関係をきずく指導等が望まれるところである。本件にあつては、前述のとおり昭和五一年一二月二三日小野寺が姿川中学校を訪問し、担任と会い原告の学校生活状況を聴取するとともに、原告の気持を理解して受け入れ、安定した学校生活が送られるよう、また、今後保護者と連絡を取りあい指導されるよう話合いを持ち、その後昭和五二年二月一〇日姿川中学校に電話連絡したところ、担任の話では、原告が病欠以外休みもなく落着いて生活しており、また、担任は母親と連絡を取り合つて原告を励ましているとのことであつたので被告にこれを報告し、これをもつて終了としたものである。

三  請求原因三の事実中、昭和五二年二月一〇日本件につき面接指導処分が終了したことは認めるが、その余の事実及び原告主張の見解は争う。

四  請求原因四の事実中、昭和五二年二月一〇日本件につき面接指導処分が終了したことは認めるが、その余の事実及び原告主張の見解は争う。

第四証拠関係<省略>

理由

一  請求原因一の事実(原告(昭和三八年一月六日生)が昭和五〇年四月宇都宮市立姿川中学校に入学し、以後三年間同校に在学していたものであり、被告が栃木県中央児童相談所の所長として原告主張どおりその所務を掌理し、その主張どおりの権限等を有すること。)については、当事者間に争いがない。

二  請求原因二の1の事実中当事者間に争いのない事実及び成立につき争いのない乙第一、第二号証のほか、前記第三の二の1において被告が主張する本件面接指導のなされた具体的経緯につき原告において格別争つていない等弁論の全趣旨を合わせ考えると、つぎの事実が認められる。

原告が昭和五一年姿川中学校に在学中、原告主張の年月日に同校で放火事件が発生し、宇都宮中央警察署長が原告にその嫌疑をかけ、同年八月二一日原告を右放火事件の犯人(触法少年)であるとし、栃木県中央児童相談所に通告して受理された。右通告は、被告主張どおりの通告理由・処遇意見が記載された書面をもつてなされ、被告の供覧決裁を経て、同月二三日その担当者として小野寺児童福祉司と舘江心理判定技師が決められ、小野寺が原告の母と来所期日を打ち合せ、同月三〇日原告母子承諾のもとに両名を来所させ、同福祉司が母親と面接して原告の生活歴、家族・学校・友人関係等の状況、保護者の養育方針等について事情聴取し、舘江技師が原告の心理検査を行い、右面接と検査の結果から、同福祉司は原告方の家庭における親子関係の改善の見込みがあると判断されたので、原告母子との面接は一回のみで終了させそれ以後の面接をしないこととしたが、同福祉司は、その後同年一二月二三日姿川中学校を訪れて担任教諭と面会し、意見を交換し、原告に関する助言・指導をし、その後さらに昭和五二年二月一〇日担任教諭に架電して、原告の生活状況等を照会し、原告が安定した学校生活を送つているとの回答を得たので、被告にその経過を報告し、同日をもつて、原告に関する事件が終了された。しかし、原告に対し右終了通知は何らなされてはいない。また、児童相談所長が法二六条一項二号の措置をとるには、児童相談所事務処理要領により措置会議を経て決定されるべきところ、以上の過程においてこれが開かれた形跡は看取されない。以上のとおり認めることができる(原告が昭和五一年姿川中学校に在学中、原告主張の年月日に同校で放火事件が発生し、宇都宮中央警察署長が原告にその嫌疑をかけ、同年八月二一日原告を右放火事件の犯人(触法少年)であるとして、児童相談所に通告して受理されたこと、同月三〇日小野寺児童福祉司が同相談所に出頭した原告とその母ハマ子と面接し、原告母子から事情聴取し、同年一二月二三日小野寺が姿川中学校を訪問し、原告の担任教諭と面会し、原告に関する助言指導をしたこと、昭和五二年二月一〇日小野寺が右教諭に架電し、原告の生活状況等を照会したこと、同日をもつて、叙上のごとき面接指導を終了させたこと、以上の事実についてはいずれも当事者間に争いがない。)。

三  原告は、本件面接指導は法二六条一項二号に基づき、被告が児童相談所長の権限としてした行政処分であり、行政訴訟の対象となる行政処分であると主張し、被告はこれを法一五条の二によるもので行政処分ではないと争うので、この点について判断する。なお、本件において、原被告は、「面接指導」なる用語を用いているが、法及び規則にはそれなる規定上の用語は存しない。これは児童福祉司による指導の一態様、すなわち、児童やその保護者と直接児童福祉司が面接した上での事情聴取や助言等をすることによる指導をいうものであると解され、乙第二号証によれば、栃木県(民生部)では「児童相談所事務処理要領」を制定しているところ、同要領によると、児童相談所の取り扱う事業のうち、措置事業の内容として、「措置」とその他の処理とに分け、「措置」の中の児童福祉司による指導を法二六条一項二号、二七条一項二号に基づくものとし、「その他の処理」の中の一つとして「面接指導(助言指導)」を挙げ、これを法一五条の二第一項に基づくものとして分別していることが認められるが、いずれにせよ、指導自体に着目するかぎりにおいては法一五条の二や二六条にいう児童福祉司による指導であることに相異はない。

ところで、法二五条は「保護者のない児童又は保護者に監護されることが不適当であると認める児童を発見した者は、これを福祉事務所又は児童相談所に通告しなければならない。但し、罪を犯した満一四歳以上の児童については、この限りではない。この場合においては、これを家庭裁判所に通告しなければならない。」と規定するところ、本件での警察署長からの前記通告が同条にいう通告であることは明らかである。しかして、法一五条の二は、児童相談所の行う業務として、その一項で、「一児童に関する各般の問題につき、家庭その他からの相談に応ずること。二児童及びその家庭につき、必要な調査並びに医学的、心理学的、教育学的、社会学的及び精神衛生上の判定を行なうこと。三児童及びその保護者につき、前号の調査又は判定に基づいて必要な指導を行なうこと。四児童の一時保護を行うこと。」と規定し、法二六条は、児童相談所の長の措置権限として、その一項で、「児童相談所長は、第二十五条〔児童相談所等への通告〕の規定による通告を受けた児童、前条第一号又は少年法(昭和二十三年法律第百六十八号)第十八条第一項〔家庭裁判所からの送致〕の規定による送致を受けた児童及び相談に応じた児童、その保護者又は妊産婦について、必要があると認めたときは、左の各号の一の措置をとらなければならない。一第二十七条の措置を要すると認める者は、これを都道府県知事に報告すること。二児童又はその保護者を児童福祉司又は児童委員に指導させること。三前条第二号の措置が適当であると認める者は、これを福祉事務所に送致すること。四第二十二条から第二十四条まで〔助産所・母子寮・保育所への入所措置〕の措置を要すると認める者は、これをそれぞれその措置権者に報告し、又は通知すること。」と規定しているから、以上の諸規定に照らし、児童相談所の事件の受理は、(1)法一五条の二第一項一号による相談、(2)法二五条による通告、(3)法二五条の二第一号による送致、(4)少年法一八条による送致の以上四つの場合があり得るところ、これらのいずれの場合についても、児童相談所において必要に応じて事情聴取、児童及びその家庭につき必要な調査、医学的心理学的等の判定を行い、右調査判定に基づき、児童及びその保護者に対して必要な指導を行うが(法一五条の二)、児童相談所長は右(1)ないし(4)の場合において必要であると認めるときは相談所長として法二六条所定の各措置をとらなければならず、かつ、同条一項二号の場合には児童相談所長は指導担当の児童福祉司の住所、氏名、指導に付する旨を児童又は保護者に告げなければならないとされ(規則二一条)、児童福祉司は児童又は保護者に指導措置の解除、停止、変更を適当と認めたときは児童相談所長に意見を述べなければならないとされている(規則二二条)。また、法二六条一項二号の措置をとるには措置会議を経て決定するものとされている(児童相談所事務処理要領第六章第三節=乙第二号証四六頁以下参照。)。なお、右の点は、法三二条により児童相談所長が都道府県知事から法二七条の権限を委任されてする場合も同様である。

前認定の事実によると、本件においては、児童相談所において通告による受理後、児童福祉司の保護者(原告の母)との面接、心理判定技師による児童(原告)の心理判定、中学校教諭への助言と指導、同じくその後の経過状況についての照会、児童福祉司から被告への経過報告がなされて、事件を終了させているが、前記規則二一条所定の手続及び前記児童相談所事務処理要領所定の措置会議の開催のいずれもがなされた形跡はなく、また、原告母子との面接や心理判定も一回なされたのみであつて、原告母子に対するその後の措置は何らなされていないことの諸点に徴すれば、以上一連の事実は被告において児童相談所長の権限として法二六条一項二号の措置をとつたものとは認めがたく、児童相談所の業務として定められた法一五条の二第一項三号の範囲内においてなされた児童福祉司の指導であると認めるのを相当とする。しかりとして、右の指導は、児童及び保護者に法規の規定上何らの受忍義務をも課しているものではないと解されるから、被告による優越的な意思の発動としての処分あるいは公権力の行使とはいえず、単なる事実行為にすぎないといわざるを得ない。してみると、原告主張の面接指導処分は、行政事件訴訟法三条に規定する行政訴訟の対象となる行政処分とはいいがたいから、この点において、原告の本件訴えは不適法であるといわなければならない。

四  つぎに、本件訴えの利益の有無について判断するのに、本件訴えは、つぎの理由により、その利益がない(この点は、本件面接指導処分が原告主張どおり法二六条に基づくものであると解するとしても同断である。)。すなわち、原告は本件訴えの利益として、1本件面接指導処分の存在自体によりいわれなき冤罪による名誉等の人格的利益を侵害され、あるいは、2家庭裁判所への送致手続をすることなく本件面接指導処分をしたことにより非行事実の存否を争う機会を奪われ、これを争う権利を侵害されたと主張する。ところで、以上の主張は、要するに、本件面接指導処分の無効が確認されるか又はその取消がなされるかすることにより、原告が触法行為をしたとの嫌疑認定がなされなかつたという状態を回復することにあると解される。しかし、児童相談所(長)の機能権限は、もともと、前記法一五条の二第一項二号三号所定の調査、判定に基づき、児童の要保護性の有無を判定した上、その福祉に必要な措置を決定するにあるところ、たとい通告内容が触法行為であつたとしても、要保護性の有無の判定上当該触法行為を前提とするとはいえ、その存否自体の最終的判断権を有するものではなく(このことは原告自らも指摘主張するところである。)、警察官の通告事実を追認するものでもない。本件面接指導も以上の趣旨において要保護性の有無・程度の調査判定の結果によりなされたもので、触法行為の存否自体を終局的に判定したものでないことは明らかである。けだし、本件において、中央警察署長の通告自体は児童相談所の事件受理の端緒にすぎず、触法行為の存否は事件受理後になされる措置等の処分の前提とされるにすぎないからである。したがつて、また、面接指導処分の無効を確認し、又はその取消をしてみたところで、触法行為の存否やその嫌疑の有無自体には何らの消長をも来たすものではない。それゆえ、触法行為の不存在ひいてはその嫌疑の不当なことを理由として面接指導処分の無効確認又はその取消を求める法律上保護される利益はないといわなければならない。のみならず、本件面接指導はすでに終了していることについては当事者間に争いがないところ、面接指導自体は事実行為であり、かように処分終了後においては、その無効を確認しあるいは取消をすることによつて、右事実行為自体がそれ以前の状態に回復される性質のものではないし、また、人格的利益の侵害の回復といつても、これをもつて未だ処分の直接的な法律上の効果の回復とまではいえず、それは事実上のものというのほかなく、この点からしても、本件では、行政事件訴訟法九条にいう回復すべき法律上の利益があるとはいえないから、本件訴えは不適法といわなければならない。また、訴えの利益に関する原告の主張中、被告は家庭裁判所へ送致する措置をとるべきであつたのにこれをしなかつたことにより、非行事実の存否を争う原告の権利を侵害したとの主張部分は、本件のごとき処分の無効確認や取消を求める訴えにあつては、処分をしたこと自体によつて被る直接の利益の侵害とはいいがたいので、この主張も理由がない。

五  結論

以上の理由により、原告の本件訴えは、第一次・第二次請求のいずれとも不適法であるから、その余の点について判断するまでもなくこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅本宣太郎 赤塚信雄 宮川博史)

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